『復興』を見に

8月の終わりに、ちょっと遅い夏休みを頂いて南三陸にボランティアに行って来ました。
震災の翌年から行き始めて3回目になります(昨年の南相馬)。
最初の年、あまりにも悲惨な状況に声を失い、
正直なところ『来て良かったのか…』と思いました。
翌年、瓦礫のほぼ全ては撤去され、町内を大型ダンプが行き交っていました。
そして今年、南三陸の海岸側は以前の面影がないほど変わっていました。
海抜ゼロに近いこのエリアには、高さ10mはあろうかという盛り土がされ、
まるで建設途中の土製のピラミッドが無数にあるようで、
少し怖さも感じるほどの光景にただただ圧倒されました。
多くの人が『復興』が進んでいるという光景がそこにはありました。

ボランティアは農業支援でした。

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農業の復興の一つとなる新しい作物を試験的に栽培しているところで、
香草の一種(名前は忘れてしまいました)を収穫して水洗いし、出荷状態にする作業です。
震災直後と違い、ボランティアは直接的な役割を終えつつあることを実感しました。
これもまた、『復興』が進んでいることの証明になっているのかもしれません。

でも、ふと思うのです。
『復興』って何を指すのだろうと。
道路が出来、防潮堤が出来て、河川工事が進むことを『復興』と呼ぶのでしょうか。
この町では今も多くの人が仮設住宅に住んでいます。
帰りに立ち寄った大川小学校ではhttp://memory.ever.jp/tsunami/higeki_okawa.html、
今もご遺族が真実を求めて活動をされています。
宿泊先で知り合った方は、関西から実家に帰ってこられたのですが、
今も『一人は見つからないまま。葬式はやったんだけどね』と言っていました。
被災地の人は強い、あれだけの事があったのに前向きに頑張っている……本当でしょうか?
今でもあの時の光景が襲いかかって、眠れない夜を過ごすこともあるのではないでしょうか?
そして、そうしたことは『復興』の中には含まれないのでしょうか?
自分は何かスペシャルなことは出来るわけではありませんが、
これからも『忘れてませんよ』と伝える為に、またここに来たいと思います。

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カーテン業界で支援している『南三陸ミシン工房』(今回私も訪問しました)では、
今、クラウドファンディングでミシン購入の資金を募っています。
集まった金額を基に段階的に購入物が決められていますが、
その最後はエアコンです。
訪れた際、南三陸のお母さんに『エアコンないけど、夏は大丈夫ですか?』と聞いたところ、
『本当に暑くて大変なんだけど、エアコンが欲しいって言うと、
そんな贅沢な物って言われそうでなかなか言い出せなくて』とおっしゃっていました。
夏場の加工所での作業はとても大変です。
何とか最終目標を達成して、工房にエアコンを設置出来ればと思っています。
ご協力、宜しくお願い申し上げます。

【お申し込みはこちらから】
https://www.makuake.com/project/mishinkoubou/

窓際のサイトー について

厚木市のオーダーカーテン専門店+PLAN(プラスプラン)オーナーの斉藤です。単なる生地の組み合わせではない、専門店ならではのプランニングをご提供します。ブログでは、そんな私とスタッフの日々の仕事ぶりを綴っています。
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